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落ち着きない子供で就職したら苦痛でニートになった結果!医者にADHDと判明?【体験談・苦労】

私は、子供の頃は「落ち着きがない子」でした。

 

私は40代の会社員です。子供の頃から「忘れ物が多い」「順番が待てない」「落ち着きがない」などいわゆるADHDの症状がありましたが、当時は病気だという考えは一般的ではなく、いわゆる「落ち着きがない子」というレッテルを貼られていました。

 

それでも先生や友達に支えられて、何とか大人になりました。

しかし、社会人になればサポートしてくれる人はいなくなり、私は結果としてニートになってしまいました。

そうなった経緯を順番に話していこうと思います。

 

就職してからは苦労の連続でした。

 

はじめて就職した会社は物流関係の会社でした。私は配送係の部署に配属されました。

 

そこでは、各店舗からの発注や在庫状況を確認しながら、配送の手配をおこなう業務を担当しました。研修期間までは何とかなりましたが、いざ実際の業務になったとたんにミスの連続でした。

 

違う店舗に商品を配送する手配をしたり、配送するべき店舗に配送しなかったり。はじめは新人だからと多めにみてくれた上司も、三カ月たっても一向にミスが減らないことに業を煮やしてしまい、半年もしないうちに部署異動になりました。

 

今思うと私にとってもっとも苦手な仕事でした。もともと、計画を立て実行したり、時間を守ったりするのが、苦手ですから、配送の管理なんて務まるはずはありません。

 

 

会社を辞めてニート生活になってしまった

 

次に配属されたのは営業職でした。各お店を回って商品の売れ行きや在庫状況を管理したり、お得意さんを接待したり、新規顧客を開拓したりと、営業職は外回りが多くフットワークが基本なので、人当たりだけは良かった私に向いている部署でした。

 

しかし、ここでも大きなミスを犯してしまいました。大口顧客との契約に大遅刻してしまったのです。これまでも何度か打ち合わせや契約をわすれてしまったことはありましたが、その都度、謝罪をして何とかなっていました。

 

しかし、今回はそうもいきませんでした。結局、責任をとって会社を辞めることになりました。すっかり自信喪失した私は自宅に引きこもるようになりました。

 

 

だれも教えてくれなかったADHDという病気

 

ひと月ぐらい家でニート生活をしていたときに、テレビで「大人のADHD」についての番組をみて衝撃を受けました。私は30歳間近にしてADHDだったことに気がついたのです。

 

早速、大人のADHDの治療をおこなっている心療内科を受診しました。

 

お医者さんの診察の結果は、やはりADHDでした。幼い頃は親の躾が悪いとか、やる気がないだけだとか叱られ続けてきましたが、本当は病気だったのです。

 

 

大人のADHDと診断されて治療を開始しました。

 

病院ではコンサータという薬を処方してもらいました。薬の効果は絶大でした。

 

なかなか口で言い表すのは難しいのですが、目の前のもやもやのようなものがスゥーと晴れたような感じでした。

また、今までは仕事中に忙しくなると、視覚や聴覚などの情報がドーット押し寄せてくる感覚に襲われましたが、薬を飲むようになってからは、一歩引いた感じで情報を整理できるようになりました。

 

 

治療のおかげで就職できました。

おかげで、再び就職活動を再開することができました。今度は失敗したくなかったので、職種は慎重に選びました。

できる限り、ルーティーンでイレギュラーのない仕事を探しました。その結果、以前の経験を買われて運送会社にルートドライバーとして採用されました。

 

現在、就職して10年近くになりますが、特別問題を起こしたことはありません。とても充実した毎日を過ごしています。私生活では相変わらずおっちょこちょいですが、他人に迷惑をかけてはいないので、個性と思うようにしています。

 

 

私と同じ症状に悩む皆さんへ

お医者さんの話では、私のような悩みを抱えて仕事を辞めざるを得なくなり、引きこもる人は少なくないとの事です。

とくに現在30代から40代以上の人は、ADHDという病気がまだ一般的ではなかった時代だっただけに、潜在的な大人のADHDは沢山いるようです。

 

ですから、少しでも自分の症状が気になる方は、受診をお勧めします。また、仕事内容も自分の特性にあった職種を選ぶことをお勧めします。少しでも、同じ症状を持つ方々のお役に立てれば幸いです。

 

 

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