ADHD・起立性・季節性・パセドウ病・双極性等の病気・症状も改善していきましょう

ADHD(注意欠陥・多動性障害)で幼稚園頃いじめられ高校で不登校になった結果【悩み・体験談】

自分が周りと違うと感じた幼稚園時代

私は男性ですが、幼稚園の時から何か他の子供たちと違うと感じながら生きてきました。幼稚園バスには遅れるし、忘れ物はする、先生の指示が理解できず守れない、イタズラが好きだったし、すぐ泣くので周りの子供たちから疎まれ、いじめられてきました。

 

毎日幼稚園バスの中でいじめっ子から「バカ」「アホ」とか子供の覚えている悪口を言われ、仲間はずれやバイキン扱い、集団暴行もありました。子供というのは残酷なものです。何となく悪いことをしていると気がついているのでしょう。

 

先生に見えないようにやるのですから。それに、先生方はできの悪い私のような子供の相手なんてしている暇はありません。失敗すれば先生に叱られ、最悪な幼稚園時代を過ごしました。上手くいかない行動の数々が発達障害が原因とは分からなかったです。

 

 

いじめられ続けた小学校時代

小学生になっても遅刻や忘れ物は日常的でした。先生に怒られ、両親に注意されてもどうしても治りませんでした。人間関係でも言わなくていいことを言うらしく、泣き虫だったこともあって周りからいじめられる日々でした。死のうと何度も考えました。でも両親のことを考えやめました。そして、小学6年生になって、ただひたすら卒業する日が楽しみでした。卒業したら新しい場所で頑張って少しはまともな人間になれると希望を持っていたのです。

 

人とのコミュニケーションの仕方が分からない中学時代

 

中学生になると新しい環境で頑張ろうと思ったものの、いじめられた日々が長すぎて人とどうやって会話していいか分からなくなり、何をやっても失敗ばかりな為自信を無くし、とにかく失敗しない為に、無口で静かにしていました。それがまたいじめの理由になりました。

 

消しゴムを投げられたり、机に落書きをされたり、陰口や仲間はずれは日常でした。流石に酷かったのか先生方がいじめっ子達に注意して、いじめは終わりました。そのおかげか勉強する心理的余裕ができて、無事高校入試に受かり、期待を持って卒業しました。

 

鬱病と不登校になる高校生活

 

高校生になって遅刻や忘れ物は多いものの、発達障害の部分を面白がる友達も増えて、そこそこ充実した日々を過ごしていました。ですが、父の転勤で転校することになり、違う高校に行くと慣れない環境と今までのいじめられていた緊張が取れたせいか、鬱病になりました。

 

発達障害というのは二次障害で鬱病になることもあるようです。学校に行くこともままならず一年留年して、なんとか卒業しました。卒業後は入れる大学に入りました。

 

鬱病が再発した大学生活

大学に入ると同じ学科の同級生が私をいじめてきて鬱病が再発しました。ですが、病院で薬をもらいながら、無理して大学に行き、苦しみながらも何とか卒業しました。やっといじめと苦しみから解放されて自由になると思っていましたが、そんなに簡単ではありませんでした。

 

 

ADHD(注意欠陥・多動性障害)が発覚した社会人生活

無事、社会人となり働き始めると、頑張っても頑張ってもミスを繰り返し同僚に不信の目で見られるようになりました。あまりにミスが多く、申し訳なくなり、仕事をやめました。転職して頑張ってもミスばかりで、自信を喪失し、何かの病気なのではないかと心療内科に行くと発達障害のテストを受けることになり、不注意型の発達障害が発覚しました。

 

それから、カウンセリングを受けながら復職に向けて休養しています。

 

 

ADHDの症状を少しでも良くする為にしたこと

 

私は社会人になってからADHD(注意欠陥・多動性障害)が発覚したのですが、子供の頃から何となく自分は他の人と違うことを感じてきました。ADHD(注意欠陥・多動性障害)が発覚する前は、飽きやすいので、 勉強するときに、同じテキストを何度もやらず、新しいテキストをやったり、勉強するときに何か新しい発見をするようにしました。

 

ADHD(注意欠陥・多動性障害)が分かってからは、なるべく自分の体調に気をつけて、運動や食事に気をつかうようにしています。自分の心の調子が体調を左右するので、日記をつけたり、発達障害に関係する本を多く読むようにしています。薬はストラテラという薬を飲み、補助的にビタミンB12、オメガ3オイルや乳酸菌などを飲んでいます。頭を使うと記憶の量が少なく、すぐフリーズしたようになるので、メモ帳は持ち歩いています。

 

脳の働きを良くするイチョウ葉のサプリも飲んでいます。一番大切なのは、人よりもできない自分を受け入れて、できることはないかとポジティブに生きることです。いじめられても辛くても自分だけは自分の最高の理解者になれるよう発達障害の問題に取り組んでいます。

 

この経験が誰かの為になることを願っています。

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